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光超音波イメージングは,パルス光を対象に照射し,対象内部の吸収体が光エネルギーを吸収し,温度上昇により体積膨張して生じる音響波を検出し,取得した信号から光吸収分布像として画像再構成する技術です。光の特徴である吸収体の光吸収特性を描出でき超音波の特徴である高い到達深度を併せ持つことから,非侵襲・非破壊の新たなイメージング方法として産業応用が期待されています。
革新的研究開発推進プログラムImPACT は,総合科学技術・ イノベーション会議が,平成26 年度にハイリスク・ハイインパクトな研究開発を促進し,持続的な発展性のあるイノベーションシステムの実現を目指したプログラムです。その一つである本研究開発プログラム「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」は,二つの目的のもとで,生体や物体の内部の状態を非侵襲・非破壊で捉える光超音波3D イメージング技術の開発を進めてまいりました。第一の目的は,非侵襲で血管と血液状態をイメージングすることで,病気の超早期発見や予防医療の実現に加えて美容や健康管理に役立てることです。第二の目的は,製品や工業材料の内部の劣化やき裂等をイメージングし検査精度を一桁向上することで,製品の品質向上に役立て日本製品の競争力の強化に寄与することです。
本研究開発プログラムは,共通基盤技術,可視化システム,価値実証で構成されています。共通基盤技術では,生体や物質の光音響波の発生メカニズム解析と非破壊計測への応用の可能性を実証,またキーデバイスである光超音波イメージング用の波長可変レーザ,3D 可視化を実現する半球形状の超音波センサを開発しました。可視化システムでは,医療応用を目的とする解像度0.2 mm 以下を実現する広画角撮影のワイドフィールド可視化システム,美容応用を目的とする解像度30 μm 以下を実現するマイクロ可視化システムの二つの可視化システムの開発に成功しました。価値実証では,同可視化システムを用いて,血管イメージングの診断法と皮膚機能低下の新評価法を開発し,臨床応用への可能性を明らかにしてきました。
本特集では,本研究開発プログラムの研究開発成果について,6 件の解説記事をご執筆頂きました。具体的には,「光超音波計測と可視化技術」について京都大学の椎名 毅氏と愛媛大学の中畑和之氏に,「光音響イメージングのための高速波長可変レーザ及び広帯域光音響顕微鏡」について理化学研究所の丸山真幸氏らに,「超音波センサの開発」をジャパンプローブ(株)の大平克己氏に,「ワイドフィールド可視化システムの開発」についてキヤノン(株)の小林秀一氏に,「 光超音波マイクロ可視化システムの開発」について東北大学の西條芳文氏に,「光超音波イメージングの価値実証」について京都大学の松本純明氏らと国立情報学研究所の佐藤いまり氏に,それぞれ執筆して頂きました。
本特集を読まれた方々が,光超音波3D イメージングにご興味を持って頂き,日本の研究開発の裾野が広がることを期待しております。この結果,画像診断技術や非破壊検査技術の発展と,医療産業および計測産業にて新イメージング市場が実現されることにつながれば幸いです。
最後に,本特集号を企画して頂きました中畑和之氏ならびに(一社)日本非破壊検査協会の皆様に深く感謝申し上げます。
Sensing of Photoacoustic Wave and Imaging Technique
Kyoto University Tsuyoshi SHIINA
Ehime University Kazuyuki NAKAHATA
キーワード:光超音波,生体計測,物質計測,3次元可視化
はじめに
ImPACT 八木プログラム「 イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」は,光超音波(光音響波)技術に基づく3 次元可視化を行い,非侵襲的に対象物の物性や機能の変化を捉えることで,医療・予防・健康美容における診断や治療支援,非破壊検査におけるきずの評価技術や品質保証の精度向上を目指すものである。本プログラムは,共通基盤技術の開発,リアルタイム3 次元可視化システムの開発,システムの有効性を検証する価値実証からなる。京都大学と愛媛大学は本プログラムに参画し,共通基盤技術である可視化計測技術の研究開発を行った。
可視化計測技術は,生体計測技術の開発と物質計測技術の2つの研究開発課題から成る。京都大学が担当した生体計測技術の開発目標は,生体組織の光超音波発生メカニズムを解析し,人体の各種組織(プラーク,関節新生血管,リンパ管等)の光音響信号の分光情報を利用し,光超音波による高解像度のイメージングを実現することである。一方の愛媛大学は物質計測技術を担当し,光超音波の発生を利用して,工業材料中の異質界面や異物の他,気孔や割れ(き裂)のような空隙部を可視化する非破壊計測技術の開発に取り組み,産業用検査への応用の可能性を検証した。以下に,この2 つの技術について解説する。
High-speed Tunable Lasers for Photoacoustic Imaging and Broadband
Photoacoustic Microscopy
RIKEN Masayuki MARUYAMA and Satoshi WADA
キーワード:光音響イメージング,光音響顕微鏡,波長可変レーザ,固体レーザ,パルスレーザ
はじめに
光と超音波を用いた3 次元イメージング技術である光音響イメージング(PAI)は,図1 に示す通り,これまで用いられてきた二光子顕微鏡や光干渉断層法に代表される光のみを用いた観察技術と比較して,より深部の可視化が可能である。また,超音波断層法に代表される超音波のみを用いた技術より高分解能が得られるため,近年,特に医療分野を中心に注目を集めている。
PAI では,目的とする対象に選択的に吸収される波長を用いることで,形態だけでなく機能をもイメージングすることが可能となっている。例えば医療分野においては,酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンを計測対象として,光の吸収係数が同程度な波長と異なる波長を2 種類用いてイメージングが行われており,血管構造のみならず,酸素飽和度の計測が可能となっている1)。この技術は医療分野のみならず他分野への適用が可能であり,美容分野や非破壊検査分野への展開が期待されている2)−5)。
図2 に示す通り,PAI では,計測対象での光吸収に伴う熱弾性効果によって発生する応力波を計測するため,深さ分解能は光パルス幅に依存する。パルス幅が長くなると,熱拡散や応力波伝搬により異なる深さで発生した応力波の弁別ができなくなり,分解能が落ちてしまう。そのため,パルス幅は熱拡散や応力波伝搬と比較して十分に短い必要があり,これら条件は熱閉じ込め条件,応力閉じ込め条件と呼ばれている6)。図3 に生体軟組織における熱・応力閉じ込め条件の空間分解能依存性を示す。
応力閉じ込め条件の方が厳しく,空間分解能30 μm 以下の場合は,パルス幅が20 ns 以下でなければいけないことがわかる。このため,一般的にPAI にはナノ秒パルスレーザ光が用いられることがほとんどである。また,3 次元機能イメージングを実現するためには,複数波長のレーザ光を照射する必要がある。従って生体のような拍動・脈動といった動きがある計測対象の場合,高分解能を実現するためには動きを上回る周波数でパルスごとに異なる波長を発生させなければならない。また,計測深さに応じて適切な吸収係数を有する光波長を選ぶ必要があり,幅広い物質に対して対応するためには広帯域な波長可変レーザが必要となる。
複数の異なる波長のパルスレーザ光を発生させる代表的な装置としては,広帯域で利得が得られるレーザ結晶を用いた波長可変レーザ発生装置と,非線形光学結晶によりレーザ光の波長を変換する波長変換器がある。一般的にはどちらの装置においても装置内部の波長選択素子を機械的に動かす必要があるため,稼働後の振動が収まり,波長が安定するまでに1 秒程度かかってしまう。そこで,我々は波長可変レーザ発生装置内に波長選択素子として,機械的動作が不要な音響光学波長可変フィルタを導入することによって,0.1 ms 以下で任意の波長に切り替えることができる高速波長可変レーザ発生装置を開発した7)。この技術をPAI に適した光源として使えるように,広帯域光源に対応した顕微鏡光学系を含めて装置開発を進めている。
Development of an Ultrasonic Array Sensor
Japan Probe Co., Ltd. Katsumi OHIRA
キーワード:光超音波,センサ,探触子,圧電素子,コンポジット振動子
はじめに
ジャパンプローブ(株)は,ImPACT プログラム「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」(八木プログラム)に参画し,ワイドフィールド可視化システム(最大270 mm × 180 mm の撮影領域)に用いる半球型センサを開発した。光超音波イメージングを用いてリアルタイムに3D 画像を得るためには,超音波センサとして乗り越えるべき3 つの技術課題が以下の通りあった。
(1)高精細な3D 画像を得るには,超音波センサの受信面を計測対象に向けて取り囲むような半球面形状とすること
(2)リアルタイム計測を実現するには,微弱な超音波をできるだけ多くの位置で受信できるように超音波センサの半球面に多くの圧電振動子を並べる,いわゆる多チャンネル化すること
(3)検出される超音波は,観察対象サイズに応じて音響周波数が変化しているため,低周波数から高周波数までの広い超音波を受信することができるよう広帯域化すること
従来の圧電振動子は,圧電効果を持つセラミックス製圧電振動子でできており,固いため,球面形状に成形することが困難であった。今回,ジャパンプローブにおいて,柔軟な圧電振動子のシートを開発することで,モールド技術により半球面形状に多数の素子(直径110 mm の半球に1024 チャンネル(ch)の圧電振動子を配置)を配置することが可能となった。また圧電振動子をコンポジット振動子にすることで,周波数帯域1 MHz ~ 5 MHz 以上の広帯域な受信感度を実現した。この技術を用いた半球型センサを2 台のワイドフィールド可視化システムへ,提供することができた。システムの詳細は文献1)を参照されたい。
本稿では,ImPACT 八木プログラムで開発したワイドフィールド可視化システム用半球型センサ,およびその技術について説明する。
Development of Widefield Photoacoustic Visualization System
Canon Inc. Shuichi KOBAYA
キーワード:光音響,探触子,圧電素子,逆問題,画像処理
はじめに
キヤノン(株)は,ImPACT プログラム「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」(八木プログラム)に参画し,日立製作所と共同してワイドフィールド可視化システムを開発した。ワイドフィールド可視化システムという名前は,270 mm × 180 mm という広い撮影視野に由来している。八木プログラムにおけるシステムの開発目標は,光超音波イメージング技術により① 3 次元で,②リアルタイムに,③生体内の血管網の構造とその状態を可視化することである。光超音波イメージングは,放射線や造影剤を使用することなく,かつサブミリメートルという高い解像度で生体内を画像化できるという特長を有する。八木プログラムでは,システムを開発するだけでなく,光超音波イメージングの新たな市場創出につながる臨床的な応用を探索するため,ワイドフィールド可視化システムを研究機関に設置することをそのプロジェクトゴールに加えた。本稿では,ImPACT 八木プログラムで開発したワイドフィールド可視化システムの構成および技術について説明する。
Development of Photoacoustic Microscope System
Professor, Tohoku University Yoshifumi SAIJO
キーワード:超音波キーワード ,光学的試験法,圧電素子,周波数特性,パルス法
はじめに
ImPACT プログラムにおいて開発した光超音波イメージング技術は,最先端のレーザと超音波を融合し,レーザ照射により発生する超音波を検出することで,生体や物体の内部の物性変化や機能(働き)を三次元でリアルタイムに可視化するものである。プロジェクトは,1:可視化計測技術の開発,2:超広帯域波長可変レーザの開発,3:高感度広帯域超音波センサの開発などの基盤技術を基に,4:ワイドフィールド可視化システムの開発では乳腺や指,下肢などにおける血管やリンパ管などを対象としたシステム,5:マイクロ可視化システムの開発では表皮下の微小血管を対象としたシステムを開発した。また,6:価値実証プロジェクトでは,4,5 で開発された生体組織を観察可能な実用機により光超音波イメージングの価値実証が行われ,合計6 つのプロジェクトからなるオールジャパン体制により行われた。
筆者はマイクロ可視化システム開発の責任者として,高速三次元イメージング技術および超高解像度イメージング技術を開発し,顕微鏡レベルの解像度30 μm 以下で,数mm 角の表皮下微小血管網の構造と酸素飽和度を可視化することを目的に研究を開始した。この技術により,非侵襲で微細な血管網と血液状態(酸素飽和度)をリアルタイムに三次元可視化することで,皮膚老化や生活習慣病のモニタリングを可能とし,皮膚老化リスクに応じた予防美容などの新美容産業や健康産業へ拡大し,新ヘルスサイエンス分野(バスキュラ・ヘルスサイエンス)を創出することがプロジェクトの将来像である。
Clinical Application of Photoacoustic Imaging
Kyoto University Hospital Yoshiaki MATSUMOTO
National Institute of Informatics Imari SATO
Kyoto University Hospital Masakazu TOI
キーワード:光音響現象,血管イメージング,酸素飽和度解析,血管特徴量解析,人工知能(AI)
はじめに
古くから知られていながら応用されていなかった原理が,最新のIT によって実用化される例は数多くある。我々が ImPACTプログラムで研究開発を進めた光超音波3D イメージングもその一つであり,その理論的基盤は,Röntgen が X 線の存在を報告する15 年も前の1880 年に Alexander Graham Bell によって発見された光音響現象である1),2)。19 世紀後半以降,超音波,X 線,核医学,核磁気共鳴,と種々の原理や現象が解明され,画像診断技術へと応用されてきたのに対し,光音響現象はこれまで分光法としての非破壊検査用途(工業利用)が主であった。光音響現象が,光超音波3D イメージングとして生体計測,医療応用へとステップが進んだ背景には超音波信号処理のデジタル化,コンピュータの計算処理能力の向上による画像再構成技術の高速化といったIT の進歩が大きく寄与している。また,ImPACT プログラムにおいては非破壊検査の精度向上にも注目して研究開発を行っているが,詳細は本特集の他稿を参照いただきたい。
光を生体に照射した際には,ヘモグロビンなどの光吸収体がそのエネルギーを吸収した結果膨張し,そこから熱弾性波(超音波)を生じる。光超音波3D イメージングはこれを受信することでヘモグロビンが存在する領域つまり血管を可視化することができる(図1)。つまり,光と超音波双方を利用している。光計測は用いる光の波長を選択することで,それぞれの吸収や散乱特性の違いに基づき,異なる組織の特徴を捉えることができる(高い組織間コントラスト)ものの,生体内では光の散乱が強いため,高解像度で画像化できる深さは限られてしまう。一方,超音波は生体内での吸収による減衰が強く,診療で使用される周波数帯では光に比べると解像度で劣り,また光ほどの組織間コントラストも得られないが,光より散乱が小さいため深さ数cm 程度でも画像化が可能である。このように光超音波3D イメージングは,一度に2 種類の波動エネルギーを利用することにより,他のモダリティでは実現困難な画像が無被ばく・非造影で得られるところにこの技術の特長がある。また,この技術を用いれば,酸化・還元ヘモグロビン各々に対応する異なる2 波長を用いることで酸素飽和度の指標(S-factor)を可視化することも可能であり,構造と機能の両観点から血管バイオロジの評価を可能とする技術でもある。例えば乳がん診療では,がん組織周囲の血管新生(がん組織は自らの栄養を得るため血管を作り出す)に着目したより正確な良性悪性診断,薬物治療の効果予測,最適薬剤の選択,画像ガイド手術への応用などが期待されている。我々は乳がんを対象とした臨床研究を通じて,光超音波3D イメージングによって生体の皮下血管を極めて精緻に3 次元ネットワーク構造として描出できることを実証した。ImPACT プログラムでは,まず医師と技術者とが共同して乳がんに限らず広く臨床的な課題を抽出し,皮下血管の精緻な描出が診断や診療に影響を与える分野を整理した。動脈硬化や糖尿病に代表される生活習慣病,がんや膠原病など,血管の異常が関与する疾患は数多い。しかしながら,このような慢性疾患に関わっている血管は細動静脈レベル以下の径のものが多く,これまでの画像モダリティでは可視化そのものが困難であるか,あるいは精細な画像を求める場合には造影剤や被ばくなどを要するものであった。一方,光超音波3D イメージングでは数百μm レベルの径の血管を無被ばく・非造影で可視化することに成功しており,非侵襲でより精細なレベルで疾患に関与している血管を描出可能である。
用途は異常血管ばかりではない。超音波やMRI では描出できない正常な皮下の微細血管走行の精細なマッピングが可能であることから,例えば形成外科ではあらゆる皮弁移植術において,より正確で安全な再建手術に応用可能である。また,非侵襲ではなくなるものの,ICG(Indocyanine Green)など近赤外領域に光吸収特性を有する色素をリンパ管に投与することによって,血管とリンパ管を異なる色で弁別表示することも可能である。これはリンパ浮腫の診断あるいはその治療であるリンパ管静脈吻合術への応用が期待されている。その他,皮膚科,糖尿病内科,血管外科,循環器内科など光超音波3D イメージングが診断の精度や治療方法を大きく変えうる領域は幅広いと期待されている。本稿では,光超音波3Dイメージングの診断・診療への応用を視野に入れて行われたImPACT プログラム(プロジェクト6 価値実証チーム)での臨床研究ならびに情報科学的アプローチからの新規解析手法の開発について紹介する。