機関誌「非破壊検査」バックナンバー 2020年2月度

巻頭言

「超音波NDT アーカイブ:未来に繋がる先達の教え」
特集号刊行にあたって 井原郁夫

 本誌に新しい風を吹かせたいという思いと少しの遊び心から,ちょっと気取ったタイトルの特集を企画させて頂きました。アーカイブという言葉はしばしば耳にしますが,ご存知のとおりその語源は英語のarchive です。これをGoogle 翻訳に入力すると「アーカイブ」と和訳されることから,この外来語はもはや日本語として定着している感があります。アーカイブの元々の意味は「古文書,公文書,記録保管所」などですが,本特集では「埋もれている貴重な記録を掘り起こし,これを再認識し,未来に伝承していく」という意味合いで用いています。願わくはその記録が何らかの有効活用に繋がればという思いを込めており,「温故知新」に通ずるものがあります。
 さて,これまでの非破壊検査誌を見返すと,過去から学ぶという観点でいくつかの特集が企画されています。例えば,創刊50 年の節目には「非破壊検査と私」と題する特集が組まれ,個人の回顧録的な示唆に富む珠玉の寄稿文が多数掲載されています。また,60 巻記念号では「我が国の非破壊検査の黎明期をふりかえる」と題して,先達たちが非破壊検査の創生期において何を考え,いかにして我が国の非破壊検査を発展させてきたか,ということについて当事者の目線から多彩なエピソードを交えて詳細に綴られています。それらの特集は,これから非破壊検査の道を歩もうとする若手はもちろんのこと,ベテランの技術者や研究者の方々への啓発書としても必読に値する読み物となっています。今回は超音波NDT に関わる技術や手法にスポットを当て,温故知新の観点からアーカイブしたいという思いを込めて特集を企画しました。
 本特集では,現在実用化されている超音波探傷技術とそれに関わる基礎理論や解析法,ならびにポテンシャルの高いユニークな手法について,その創成の経緯を再確認し,さらなる新展開への一助とするために,その草創期において掲載された先駆的な論文を紹介することとしました。今回は六つのトピックス,すなわち端部エコー法,超音波顕微鏡,非線形超音波,板波(ガイド波),数値シミュレーション(波動解析),音弾性を取り上げ,非破壊検査誌に掲載された記事(論文あるいは解説)の中から各トピックに関して注目すべきものを選定し,その紹介文とともに記事の全文を再掲載しています。記事の選定とその紹介文の執筆は,当該トピックに造詣が深く第一線で活躍されている方々に依頼することとし,端部エコー法については古川 敬氏に,超音波顕微鏡については三原 毅氏に,非線形超音波法については川嶋紘一郎氏に,板波(ガイド波)については西野秀郎氏に,数値シミュレーション(波動解析)については廣瀬壮一氏に,音弾性法については村山理一氏にそれぞれお願いしました。執筆者各位の独自の切り口による紹介文を読むことで,再掲載された記事の意義と価値を新たな視点で捉えることができると思います。それらの記事は掲載から約20 年~ 60 年近くの時を経ていますが,現在でも色褪せない内容となっており,著者の個性がにじみ出る文章の書きっぷりは必読に値します。これらの記事に触れることでノスタルジックな気分に浸るもよし,新たな研究のモチベーションに繋げるもよし,まずは読者の皆様にお楽しみいただければと思います。
 最後に,本企画にあたってご協力いただいた関係各位,特にご多忙にもかかわらず本特集の主旨にご賛同いただき貴重な玉稿をご提供いただいた執筆者各位に心より感謝申し上げます。そして,当時としては先駆的であり,現在もその輝きが失せない6 編の珠玉の論文・解説を執筆された著者の方々 に改めて深く敬意を表します。

 

解説

超音波NDT アーカイブ:未来に繋がる先達の教え

端部エコー法
紹介文献:超音波探傷による欠陥高さの測定について
─ 斜角一探触子及び分割形斜角探触子による端部ピークエコー法─ ,
非破壊検査, 26(5), pp.320-323,( 1977)
(一財)発電設備技術検査協会 古川  敬

Tip Echo Technique
Japan Power Engineering and Inspection Corporation Takashi FURUKAWA

キーワード:超音波探傷試験,パルス反射法,斜角法,きず高さ,端部エコー法,破壊力学

はじめに
 超音波探傷試験(以下,UT と記す)の最も大きな特長の一つとして,きず高さ(板厚方向の寸法)測定が可能なことが挙げられる。現在,UT によるきず高さ測定に適用されている方法は,TOFD(Time of Flight Diffraction)法と端部エコー法が主である。TOFD 法は1970 年代に英国で開発された方法であるが,端部エコー法は国内のUT 研究者・技術者が総力を挙げて研究開発した技術であり,その成果は国内のみならず,海外にも発信された。
 本稿では,UT によるきず高さ測定法の研究開発について,1970 年代から80 年代の研究の創成期を振り返り,端部エコー法の代表的な文献を紹介する。

 

超音波顕微鏡
紹介文献:LFB 超音波顕微鏡における音速測定範囲の狭域化と
不均質材料評価への適用,非破壊検査, 41(10), pp.607-612,(1992)
東北大学 三原 毅

Scanning Acoustic Microscope
Tohoku University Tsuyoshi MIHARA

キーワード:超音波顕微鏡,V(z)曲線,局所計測,弾性特性評価,表面計測,弾性表面波

 超音波顕微鏡という言葉を初めて聞いたのは,研究室でスタンフォード大学のC. F. Quate 教授がScience に掲載した論文を研究室で読んだのが最初である。この論文では,通常の音響映像装置に対し,新しく提案した装置は,
1. 開口の大きい音響レンズと,短波長の高周波数超音波を組み合わせ,高い計測分解能を実現できる
2. 精密な音響映像を高速に得る手段として,スピーカを利用する音響レンズの機械走査システム,SAM((Mechanically) Scanning Acoustic Microscope : SAM)を開発した
3. 光学顕微鏡が,化学エッチングや染色等の予備処理によりコントラストを得るのに対し,音響顕微鏡は前処理なしで音響的性質の差異を映像化するので,従来とは異なる新しい計測が期待できる
4. 従来の各種顕微鏡は試料表面しか観察できないが,超音波ゆえ,内部組織の評価も高い分解能で評価できる等,その後の超音波顕微鏡の基本となる特徴をすべて具備しており,取得した映像サンプルとして,DNA の音響映像が添付されていた。
 この段階のSAM は,数百MHz の高周波音響レンズを手作りの装置で機械走査して音響像を得る極めて簡単な構成で,それ以前の“超音波顕微鏡”は,概念の提案の後,レーザ光走査型超音波顕微鏡(Scanning Laser Acoustic Microscope:SLAM)の研究が先行する中で,この論文で初めて音響レンズの機械走査で音響像を実現するMechanically Scanning が提案されたが,その後略語としてはMechanically が脱落する形でSAM と呼ばれるに至った。

 

非線形超音波法
紹介文献:音速の応力への非直線的依存性の金属内部弾性限界推定への応用,
非破壊検査, 41(7), pp.414-422,(1992)
(有)超音波材料診断研究所 川嶋紘一郎

Nonlinear Ultrasonics Method
Ultrasonic Materials Diagnosis Laboratory Koichiro KAWASHIMA

キーワード:超音波,非線形超音波,材料特性評価,異質部可視化

 2006年から12年間継続した(略称)非線形超音波研究会歴代主査のご尽力により,本会の超音波探傷試験III テキスト2017 に初めて非線形超音波技術について1.5 ページの記載が登場した。音響学分野では非線形性を利用したパラメトリックスピーカ,医療超音波診断分野ではハーモニックイメージング装置が市販されているが,固体材料用の非線形超音波計測・検査装置はまだごく限られたところでしか使用されていない。
非線形超音波法は,米国と旧ソ連で独立に1960 年代初頭にスタートし,大振幅正弦バースト波を入射し材料内の異質部・不健全部を揺り動かしたときに発生する応答差(波形のゆがみ)を,高調波(nf,f は入射周波数,n は整数),分調波(f/n)あるいは和差周波数(nf±mF,Fは入射周波数,mは整数)振幅として定量化する技術である。大振幅加振による類似現象として,震度5 以上の大地震の際,軟弱地盤域で発生する液状化が挙げられる。
 従来超音波法は音響インピーダンス差(ΔZ)を基礎とする手法であるため,ΔZが0 に近い,微小非金属介在物,マイクロクラック,偏析,塑性変形域,部分接触域を伴う閉口き裂などを検出・可視化することが困難である。これに対して大振幅バースト波入射による波形のゆがみを検出する非線形超音波はΔZが0であっても,波形のゆがみを伴う異質部・不健全部を検出できる。

 

板波(ガイド波)
紹介文献:板波による超音波探傷法,非破壊検査,10(3),pp.135-144,(1961)
徳島大学 西野秀郎

Plate Wave(Guided Wave)
Tokushima University Professor Hideo NISHINO

キーワード:ガイド波,Lamb波,SH板波,位相速度,群速度,Pochhammer-Chree波

 非破壊検査誌におけるガイド波の黎明は1961 年の第10巻(第3号)にある。中心となる文献は表記の解説記事であり,それと対をなす文献が山本美明氏により同巻同号より発刊されている。西野のつまらぬ解説などよりも当該記事を精読することをお勧めする。黎明期に明らかにされたガイド波の特徴は,当然皆が初めに知りたかった情報である。ガイド波の初学者にはもちろん,すべての皆さんに興味深い内容があると確信する。2003年以降の本誌に3回のガイド波特集号が発行されているが,引用しなかったことを本当に後悔している。
 当該記事では,SH 板波,Love 波,Lamb 波,Pochhammer-Chree 波(丸棒のガイド波)など,2000 年直前位から流行した配管のガイド波以前に教科書などでよく見られた波を板波と総称して取り扱っている。ここで示される基礎的事項は今日的なガイド波の物理ともちろん何の違いもない。例えば位相速度と群速度の定義や意味は,様々な角度から解説されているので特に初学者には参考になると思われる。

 

数値シミュレーション(波動解析)
紹介文献:超音波探傷のための弾性波入門,非破壊検査,29(3),pp.212-220,(1980)
東京工業大学 廣瀬壮一

Numerical Simulation(Wave Analysis)
Tokyo Institute of Technology Sohichi HIROSE

キーワード:波動解析,数値シミュレーション,差分法,弾性波

 数値シミュレーションの黎明期における先駆的な記事として私が選んだのは,1980 年3 月発刊の機関誌「非破壊検査」に解説として掲載された,春海佳三郎氏による「超音波探傷のための弾性波入門」である。
 その内容は,数値シミュレーションの理論や手法について述べたものではないが,数値シミュレーションによって得られた波動場の画像を用いて,音波の理論と弾性波の理論の違いを議論しているものである。水中や空中を伝搬する音波には縦波しか存在しないが,固体の弾性波には縦波と横波の2種類の波が存在する。超音波探傷にはしばしば音波理論が適用されるが,縦波と横波が混在するような実験事実の説明には音波理論ではなく,弾性波理論を用いる必要がある。春海氏は,弾性波の基礎式を時空間で差分近似した差分法によって様々な弾性波動の変位を求め,対象とする領域内の格子点におけるある時刻での変位場をスナップショットの図として示している。具体的には,まず,縦波,横波及び表面波のそれぞれの伝搬の様子を図示し,弾性波動の基本的な挙動を説明している。次に,一波の正弦波表面力パルスによって発生した波動場を求めて,連続波とパルスの波動場の違いを議論している。そして,近距離音場や欠陥による反射・散乱などを数値シミュレーションし,近距離音場での音圧は音波理論では説明できないこと,また,き裂による縦波及び横波の散乱放射パターンを求め,その特性が音波の散乱放射パターンとは異なることを明らかにしている。これらの知見は,現在の研究者や技術者にとっても有用な情報であると考えられる。

 

音弾性法
紹介文献:音弾性によるロングレールの軸応力測定
─第1報V反射縦波の音弾性特性─,非破壊検査,57(5),pp.246-252,(2008)
福岡工業大学 村山理一

Acoustic Elastic Method
Fukuoka Institute of Technology Riichi MURAYAMA

キーワード:音弾性,応力,音速,レール,V透過縦波

音弾性法(Acoustoelasticity)は,固体内の弾性波の伝搬速度が応力の存在によってわずかに変化する現象を利用して物体内の応力を測定する方法である。音弾性という言葉は1959年のBenson とRaelson の論文で,応力想定法として確立されていた光弾性(Photoelasticity)のアナロジーとして初めて現れている。光弾性法は金属材料のような不透明なものには適用できないが,音弾性法は機械部品等への適用が可能となり,非破壊的な残留応力評価を初めて可能にした手法である。
 わが国では,1970 年代から理論,実験両面から先駆的な研究例が紹介され始めており,応力効果と同等以上に音速に影響を与える組織効果の問題も取り上げられるようになってきた。その結果,応力効果との分離方法や逆に組織効果を積極的に利用することも,広い意味で音弾性法と呼ばれるようになった。このような動きの中で,福岡,石清水,戸田,平尾等が中心となって日本非破壊検査協会の中に「音弾性法研究会」が1987 年に発足し,この分野の研究促進と技術普及を図ることになった。研究会名に変遷はあるが1998 年まで継続した。その研究活動の中で,まずは音弾性現象の理論的な解析がなされ,それと共に高精度音速測定法としてシングアラウンド法やその当時としては斬新な信号波形のデジタル化による音速測定,共振法を利用した音速測定等が検討・開発された。また音速の応力と組織両者に依存する課題を解決する方法として,磁気音弾性法や表面SH 波法等の手法が検討された。応力測定対象としては,ボルト軸力,車輪残留応力,セラミックス残留応力,溶接部残留応力等への取り組みが検討された。また音速依存性を利用した組織評価例としてロール硬化層測定,粉末製品の不均一性,組織異方性評価等も検討された。

 

     
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